【豆知識】スパイスと歴史
2016年9月3日 カテゴリ:スパイス豆知識 タグ:
古く紀元前の昔、食べ物が腐ったり悪臭を放つことは悪魔の仕業であり、清浄で良い香りは悪魔や伝染病を追い払うと信じられていました。そこで、様々な芳香を放つ植物の葉や種子、根茎、花の蕾などがスパイスとして活用されるようになった・・・これが、そもそもの人間とスパイスとの関わりの始まりと言われています。
例えば古代エジプトでは、スパイスの香りと防腐作用を利用して、ミイラにシナモンやマジョラムなど香りの良いスパイスを詰めていました。また、中国の薬のリストには、タイム・キャラウェイ・フェンネル・サフランなど数種類のスパイスの名前が残されています。さらに聖書の中には、税金としてミント・アニス・クミンを納めたという記述も残っていますし、乾燥させても何年も変わらず香気を放つことから、スパイスが貨幣の代わりとして使われた時代もあったようです。
「男の価値は本棚の内容で見分け、女の価値はスパイス棚の中身で決まる」
ヨーロッパの古い格言です。料理上手の女はスパイス使いの名人である、という価値観が良く分かります。
一方で、楊貴妃やマリー・アントワネットのような権力者にとって、スパイスは自分の力を誇示するための道具でもありました。
彼女達は盛んにスパイスの研究に励んでいたようですが、これには理由がありました。と言うのも、時代が進むにつれ、スパイスの持つ殺菌・浄化・酸化防止作用は美容と健康にも効果があり、その香りは嗅覚を刺激して大脳の動きを活性化させることが分かってきたからです。つまり、スパイスの香りや刺激を自在に駆使すれば、人の心を思うがままに操ることができると信じられていたのです。この頃には、スパイスは、人の上に立って権力を発揮し、自分の地位を確固たるものとするための重要な要素であったわけです。
実際に、現代科学を通じてスパイスの香り成分を調べてみると、殺菌・減菌・防腐・抗酸化作用があり、口に含んだ時の辛味や苦味などの刺激は、胃腸に送られる血液の量を増加させ、唾液や胃液の分泌を活発にすることが実証されています。科学をこえてスパイスの効能を当時すでに利用していた、時の権力者達の知恵には驚かされます。
ところで、今では台所で活躍するスパイスも、かつて世界を揺るがした時代がありました。その象徴的な存在が胡椒です。
すでに、「アラビアンナイト」の物語中では、胡椒とナツメグが多く登場しており、胡椒は紀元前500年代にインド周辺で栽培されていたという記録も残っています。一方、産地から遠く離れたヨーロッパでは、胡椒は極めて手に入りにくく、金と同じ価格で取引されていたほど。かつてのヨーロッパでは、植物の葉、つまりハーブを生のまま料理に使っていたに過ぎず、胡椒をはじめ、乾燥させた様々なスパイスは、極めて珍しく魅力的な存在だったからです。
特に、防腐や保存効果を持ち、臭いを消してくれる胡椒は、肉食中心のヨーロッパには不可欠なスパイスになっていき、それを知ったアラビア商人達がとんでもない空想話や恐ろしい怪物が人食い殺す話を作り、スパイスの生産地を隠そうとしたため、その稀少価値は上昇する一方でした。
絹やスパイスは陸路を通じてヨーロッパに入ってきましたが、その途中にあるチベットの山々やゴビ砂漠、タクラマカン砂漠の辺境には悪魔が住むとアラビアの商人達は広めました。こうして彼らはスパイスの値段を釣り上げて暴利を貪っていたと言われています。
そして、スペイン貿易が盛んになるにつれ、ヨーロッパ各国はスパイスをめぐって勢力争いを始め、ポルトガル・スペイン・フランス・オランダ・イギリスの各国は、15世紀から3世紀に渡って植民地戦争を繰り広げました。胡椒をはじめ、スパイスは血みどろの悲劇を生み出し、世界の歴史さえも左右してしまったのです。
ただし、その間、コロンブスによる西インド諸島の発見で、唐辛子やピメント、オールスパイス、パプリカなど、胡椒の代用ともなる辛味や刺激を持ったスパイスが数多く発見され始めました。また、時を同じくして医薬品や食品の保存法も発達していき、異常なほどの胡椒ブームは次第に収まっていったのです。
もともと胡椒を求めて航海に出たコロンブスが唐辛子を発見し、逆に過熱した胡椒人気を沈静化させることになるとは、なんとも面白い成り行きです。
(参考:雄鶏社「スパイス名人宣言」)